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福岡地方裁判所 昭和58年(行ウ)2号 判決 1983年9月29日

原告 牛島春子 外三名

被告 福岡県監査委員

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らが昭和五七年一二月二五日付の書面をもつて、原告らに対してした事務の監査請求に基づく監査の結果についての通知は、これを取り消す。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決

二  被告ら

(本案前の申立て)

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、昭和五七年一〇月二二日、福岡県の議会の議員及び長の選挙権を有する者の総数の五〇分の一以上である七一万六四七九名の代表者として、右七一万六四七九名の連署をもつて、被告ら福岡県監査委員に対し、福岡県がした同県知事公舎に関する予算の編成・執行が適正であつたか否か等について、地方自治法七五条の規定に基づく事務の監査の請求(以下「本件監査請求」という。)をした。

2  被告らは、本件監査請求について昭和五七年一二月二五日付の書面をもつて、原告らに対し、監査の結果について通知(以下「本件処分」ともいう。)をした。

3  しかしながら、本件処分は以下に述べる理由により違法である。

(一) 手続上の違法

(1) 本件監査請求に係る権利は、憲法及び地方自治法の要請する地方自治の本旨を実現するための重要な権利である。

したがつて、このような権利が、実質的に保障されるためには、事務の監査請求に基づく監査について、少なくとも次の要件が充足されなければならない。

イ 監査委員及びこれを支える事務局の構成が、誠実に監査するにふさわしい、地方自治体の当局の側に偏らない中立・公正なものであること。

ロ 請求者らが監査の過程において、意見を述べ、資料の提出及び公表を求めるなどして、これに参加できること。

ハ 監査にあたつては、本来考慮すべき事項を不当に無視したり、あるいは考慮すべきでない事項を不当に重視するなどのことがあつてはならず、地方自治法一二条二項で認められた監査請求の意義に照らし、誠実に監査が行なわれること。

(2) しかるに、被告らが本件監査請求に対して行なつた監査は、右の要件をいずれも欠き、原告らの事務の監査請求権を侵害するものである。

右(1)のイについては、監査委員のうち、被告監査委員古野、同鹿毛、同後藤らは、「亀井福岡県知事のシンパ」と呼ばれ、あるいは亀井元知事を支えてきたかつての保守系県会議員であり、あるいはまた亀井元知事の下で福岡県幹部職員として亀井元知事を支えてきた者たちである。また、被告らの指示により監査を担当した監査委員事務局の職員三二名中、局長・次長・三名の女性職員を除く二七名は亀井元知事を支持する福岡県職員の任意団体「福陽会」の会員であり、局長・次長は、会員でこそないが、同会監査委員事務局支会に出席して激励するなどしており、同会会員と同じ立場にある。したがつて、監査委員及びその事務局の構成は、中立・公正なものとなつていない。

右(1)のロについては、本件監査請求に基づく監査においては、請求人らが意見を述べ、資料の提出及び公表を求めるなどの参加手続が、全くとられていない。

右(1)のハについては、被告ら監査委員及びその事務局は、監査にあたつて本来考慮すべき事項(とりわけ、予算措置を含めての公舎建築の適正規模いかん)について、ほとんど調査・検討・分析などをせず、むしろ亀井元知事を県民の批判から擁護する立場で監査を行つた。

(3) 以上のように、被告らが本件監査請求に対してした監査には手続的な瑕疵がある。

(二) 実体上の違法

(1) 福岡県は、昭和五五年一〇月ころ、県知事公舎(鉄筋コンクリート平家建約七四〇平方メートル)の建築に着手し、右公舎は、昭和五七年三月ころ、追加工事をも含めて完成するに至つた。

ところが、亀井元知事は、右知事公舎建築にあたり、当初予算が二億八七七九万円であつたにもかかわらず、総建築費の予算隠しとみられる取扱いを行なつたうえ、最終的には総建築費が約五億九〇〇〇万円にも上る全国に類例を見ない巨額を費した知事公舎を建築した。

また、右公舎は、建築費用の内訳をみても、たとえば、公邸部分の備品・調度品類だけで約一五〇〇万円、同じくじゆうたんだけで約七〇〇万円、庭園には約九〇〇〇万円を費やしているなど、全体としてあまりにも豪華すぎる建物であるうえ、本来知事個人で費用を負担すべき公舎私邸部分の家具調度品類が、約九〇〇万円の県費を支出して備えつけられているなど、亀井元知事の公私混同による県民の税金の濫費であつて、県費の不法・不適正な支出である。

(2) 以上のとおり、被告らが本件監査請求に対してした監査には、その内容に瑕疵がある。

4  よつて、原告らは、本件処分の取消しを求める。

二  被告らの本案前の主張

1  行政事件訴訟法三条二項の取消訴訟によつてその取消を求めることができる行政庁の行為は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に限られる。

ところで、本件処分は住民の権利義務を形成し、若しくは住民の権利義務に重大な影響を及ぼす権力的行為に当たらないことは明らかであるから、原告らは、本件処分に対して取消訴訟を提起し得ないものであり、原告らの本訴請求は不適法である。

2  地方自治法七五条に基づく事務の監査請求の場合、その監査を求めうる対象は、同法二四二条に基づくいわゆる住民監査請求の場合と異なり、単に公金の違法又は不当な支出等に限られず、広く普通地方公共団体の事務室全般に及ぶものであるが、監査の結果に不服な請求者や請求代表者が訴訟を提起しうる旨の規定は、地方自治法に存しない。それゆえ、現行法上、同法七五条に基づく事務の監査の結果に対する取消訴訟は、許されないものである。

3  したがつて、原告らの本訴請求は、不適法であるから、却下されるべきである。

三  被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

1  事務の監査請求に基づく監査行為は、関係事項の事務の執行に関し調査し、その当不当の判定を行なうもので、監査委員は、事務の監査請求に係る事項について、地方自治法の規定に基づき、行政庁として公けの権威をもつてその当不当の判定を行ない、これを確定し、その結果を請求代表者に通知し、かつ、これを公表するなどし、公けに宣言することとなる。

したがつて、事務の監査請求における通知・公表までの一連の手続を含む監査行為は、講学上の確認行為にあたるものであり、準法律行為的行政行為として行政処分性を有するものであるから、「行政庁の公権力の行使に当たる行為」であることは、明白である。

2  地方自治法が、事務の監査請求に対する監査結果については、これを公表するだけでなく、請求代表者に通知すべきことを規定している趣旨は、監査行為を請求代表者に知らしめることにより、争訟の方法による取消の機会を与えると共に、不服申立ての期間の起算点とするためと考えられる。

したがつて、監査行為に対しては、取消訴訟を提起することが許されていると解すべきである。

3  事務の監査請求権は、監査委員をして不法・不当な行政事務を公平・適正に監査させ、住民にこれを知らせ、行政事務についての情報を周知させることにより、住民の知る権利に応え、住民に行政を民主的にコントロールする機会を与えると共に、住民の財産権の保護、その他適正な行政を受ける権利を全うさせることを内容とするものである。

したがつて、住民は、公正・適正な監査を受ける権利を有するものである。

このように、監査結果は、住民の知る権利や適正な行政を受ける権利に影響を及ぼすものであるから、取消訴訟の対象となる行政庁の行為に当たるものというべきである。

4  監査委員が、事務の監査請求があつたのにかかわらず、不当に長期間にわたり監査行為をしない場合、請求者や請求代表者において不作為の違法確認の訴えを提起しうると解すべきである。

そして、この場合に不作為の違法確認の訴えが許されるとすれば、監査行為は抗告訴訟の対象となる行政行為に当たると考えねばならないものであり、したがつて、監査行為について取消訴訟を提起することは許されるものである。

理由

一  まず本件訴えの適否について判断する。

1  本件訴えは、被告監査委員が、地方自治法七五条の規定に基づく事務の監査請求に対してした監査結果の通知の取消しを求めるものである。

地方自治法七五条の規定に基づく事務の監査請求は、普通地方公共団体の住民に対し、直接に地方行政に参加させるため、住民の自己の権利又は法的利益とは関係なしに、ただ住民であるという地位に基づき、監査委員に対し監査すべきことを請求することを認めたものであるから、監査委員がした監査の結果は、住民の自己の権利又は法的利益に影響を与えるものではないというべきである。

したがつて、被告ら監査委員がした本件の監査結果の通知は、行政事件訴訟法三条の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しないものといわなければならない。

2(一)  原告らは、事務の監査請求に基づく監査行為は、講学上の準法律行為的行政行為たる確認行為であるから、公権力の行使に当たる行為に該当すると主張する。

しかしながら、取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、それによつて、直接国民(住民)の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められているものと解すべきである(最高裁判所昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決、民集一八巻八号一八〇九頁参照)。原告らの主張する講学上のいわゆる確認行為は、そのすべてのものが、それにより、直接国民(住民)の権利義務を形成し、またはその範囲を確定するものとは到底いえないのであるから、本件監査結果の通知がいわゆる確認行為に当たるとの一事によつて、右の「公権力の行使に当たる行為」に該当するということはできず、したがつて原告らの右主張は理由がない。

(二)  次に、原告らは、地方自治法が監査の結果を公表するだけでなく、請求代表者に通知すべきことを規定していることをもつて、監査の結果に対しては取消訴訟が許されている旨を主張する。

しかし、地方自治法七五条三項の監査の結果の通知の規定から、直ちに原告ら主張のように解すべき理論上の根拠はないから、原告の右主張も採用できない。

(三)  原告らは、本件の監査結果の通知によつて住民としての知る権利や適正な行政を受ける権利を侵害されたものであるから、右通知は取消訴訟の対象となる行政庁の行為であると主張する。

けれども、住民に事務の監査請求を認めた地方自治法七五条の規定があることから、直ちに住民に対し原告らの主張する知る権利、適正な行政を受ける権利なるものや、、また、公正・適正な監査を受けるという手続上の利益を、その住民の自己の権利又は法的利益として保障していると解することはできないから、原告らの右主張も理由がない。

(四)  原告らは、事務の監査請求が行なわれたのに、監査委員がその監査を怠つた場合には、不作為の違法確認の訴えを提起しうると解すべきであり、したがつて、事務の監査請求に基づく監査行為は、取消訴訟の対象になると主張する。

しかしながら、事務の監査請求は、行政事件訴訟法三条五項にいう「処分又は裁決」についての申請には当たらないから、右について不作為の違法確認の訴えが提起できるものとは解し得ないゆえ、原告らの右主張は失当である。

二  以上のとおりであつて、原告らの本件訴えは不適法というべきであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原晴郎 有吉一郎 井口実)

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